ネズミ講式「お約束」からの脱却

ネズミ講式「お約束」からの脱却

  • 2020年8月6日
  • 2020年7月9日
  • 投資
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ネズミ講式「お約束」からの脱却

では、日本は九〇年代に今までの「お約束」を崩さずに守り続ければよかったかというと、答えは否である。

戦後日本経済の「お約束」は、大半が「ネズミ講」式の「お約束」である(もちろん、「ネズミ講」式のものばかりではないが)。年功序列賃金にしても終身雇用制にしても、今後人口が増加する、年寄りよりも若い人の方が数が多い経済でしか成り立たない「お約束」である。少子化が決定的になった日本では、そんな「お約束」は早晩崩れる。

だから、時期の良し悪しは別として、いずれ日本経済で新たな「お約束」を再構築しなければならない宿命にある。おまけに、今までの日本の経済関係の諸法令が、経済学者から見れば、暗黙の了解があって初めて成り立つ経済秩序なのにそれは不文律として法令に書いていなかったり、書いてあっても経済活動を抑制することが目的としか言いようのない条文だったりで、「お約束」が失われると有効に機能しない法令が多い状態である(目下、地道な改善が行われつつあるが)。

だから、経済関係の諸法令も、崩壊したこれまでの「お約束」の穴を埋めることができていない。そこで、今日本経済が目指すべきだとされている新たな「お約束」の多くが、望むと望まざるとにかかわらず、良し悪しは別として、アメリカ式の「お約束」とされている。

アメリカ式の「お約束」は、わかりやすさが売り物である。有能な人は自由に儲ける機会を与え、それを妨げる規制や政府の介入はできるだけやめること、有能でない人も、それなりの職場が得られるよう企業、コミュニティー(そして、時には政府)が努力すること、もしお互いが信用できなければ、契約をこと細かく結び、それでも事後的に損を被ったら、それは損した人が事前に契約に盛り込まなかったことが悪いのであって、法律・契約通りに行っていれば許される、といったところが軸になっている。

「お約束」が経済で有効に機能していれば、経済取引はスムーズに行える。だから、前述のATMカードを二枚送ってきても、仮に不正に利用して銀行が損をしても、契約に「不正に利用した方が悪い」と書いてあるので、銀行は困らないわけである

他にもアメリカでの「いい加減」な経済取引はあるが、それも経済秩序が維持されているからこそ、大過なく取引が行われているわけである。もちろん、アメリカの「お約束」は(多くの移民や人種がいることもあって)ネズミ講式にはなっていない。どのような「お約束」を新たに構築するかは、これからの日本経済の課題であるが、少なくとも、今のような秩序が壊れた状態が長く続くことは、日本経済にとって望ましくない。一日も早く、戦後日本経済の悪しきネズミ講式の「お約束」を完全に壊しきって、新しい(ネズミネズミ講式でない)「お約束」、経済取引の秩序を構築すべきである。